神戸地方裁判所 平成9年(行ウ)37号 判決 1999年8月23日
原告
黒坂敏明
外二名
原告ら訴訟代理人弁護士
福井茂夫
同
前田貞夫
被告
村尾保一
右訴訟代理人弁護士
生駒和雄
主文
一 被告は、兵庫県美方郡温泉町に対し、金八五八万円及びこれに対する平成九年九月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
主文同旨及び仮執行の宣言
第二 事案の概要
一 争いのない事実
兵庫県美方郡温泉町井上字黒坂前六一九番二八六平方メートルの土地(以下「本件土地」という。)は、土地改良法に基づき兵庫県美方郡温泉町(以下「温泉町」という。)が井上今岡金屋圃場整備事業として行った土地改良事業の平成元年三月二五日換地処分により創設され、温泉町の所有とされた公衆用道路であったところ(平成七年一二月二〇日所有権保存登記経由)、温泉町は、本件土地を含む地域に下水道処理場施設を建設するに際し、本件土地をいったん平成七年一二月二〇日に河越徹(以下「河越」という。)所有の温泉町井上字郡治四八九番三田二四〇平方メートルと交換したうえ(同月二一日付けで、本件土地につき河越名義に、四八九番三の土地につき温泉町名義に各所有権移転登記経由。以下「本件交換」という。)、本件交換により河越名義となった本件土地を改めて買収し(平成九年二月一三日買収を原因として、同月一八日所有権移転登記経由)、平成九年二月一八日までに右買収費八五八万円を支出した。
本件交換について、温泉町議会の議決は経ていない。
原告らは、本件訴訟に先立つ平成九年六月二四日、右買収費の支出を違法として、温泉町監査委員に対して監査請求をしたが、同監査委員は、同年八月一二日、原告らに対し監査請求を棄却する旨の通知をした。
二 本件訴訟
本件訴訟は、温泉町の住民である原告らが、本件土地の買収費八五八万円の支出(少なくとも、本件土地の面積が河越所有の四八九番三の土地の面積を超える四六平方メートル分に対応する一三八万円の支出)は違法であると主張して、温泉町に代位して、平成九年度に温泉町の町長の職にあった被告に対し、右買収費相当額八五八万円(予備的に一三八万円)の損害賠償及び平成九年九月一四日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を請求している住民訴訟である。
三 争点
本件土地の買収費の支出は違法であるか。
四 争点に関する当事者の主張
(原告の主張)
1(一) 本件交換は以下の理由により無効である。
(1) 本件土地は公衆用道路であり、行政財産であるところ、本件交換は、用途廃止もすることなく本件土地を私有地と交換するものであるから、地方自治法二三八条の四に違反し、無効である。
(2) また、温泉町には公有財産の交換に関する条例はないところ、本件交換は、議会の承認も無いままされたものであるから、地方自治法九六条一項六号及び同法二三七条二項に違反し、無効である。
被告主張の本件土地を温泉町が購入することについての議会の議決は、その議案自体においても議会における町当局の説明においても本件交換については何ら触れられていないから、本件交換についての追認の趣旨が含まれるはずがない。
(3) 本件交換、買収の結果、温泉町は下水道処理場用地の外に本件土地とほぼ同面積の土地(四八九番三の土地)を取得しただけであり、そうであるなら、本件土地をそのまま下水道処理場用地として利用し、別途、道路用地が必要ならこれを買収すればよかったはずである。にもかかわらず、そのような方法を採らなかったのは、そのような方法では別途道路用地を買収する事業は町単独事業として行わなければならないのに対し、下水道処理場用地の買収には国県の補助金があるので、交換して本件土地を私有地としてから買収した方が町費の負担が少ない、との理由によるもののようであるが(証人坂本明の証言)、これは国県税の不当な取得である上に、行政手続の正確性・透明性・公平の観点からみて違法な目的をもった手続であり、その目的の違法性は本件交換をも無効にするというべきである。
(二) 本件交換が無効である以上、温泉町は、本件交換に基づいて河越名義とはなったが、本件交換が無効であることにより温泉町所有のままである本件土地を買収したことになるから、買収代金八五八万円の支出は違法である。
2 仮に、議会の承認の有無が問題にならないとしても、本件交換、買収の経緯からすると、温泉町は、結果的に二四〇平方メートルの土地(四八九番三の土地)を二八六平方メートル(本件土地の面積)として買収したことになるから、少なくとも四六平方メートル分一三八万円の支出は、理由のない違法な支出である。
なお、右一三八万円は河越が温泉町に返納すべきであるが、河越から直接地権者に支払われたとしても、温泉町の支出が違法でなくなるというものではない。
(被告の主張)
1 本件土地は、法律的には、形式的にも実質的にも温泉町の所有となったものであるが、土地改良事業の際、地権者の無償提供により道路として創設されたものであり、温泉町としては、地権者に対し、本件土地を道路として使用させるべき義務を負っていた。そのため、今回、その道路である本件土地を温泉町の意向で下水道処理場用地に用途変更するに際しては、他に代替道路用地を確保するとともに、右代替道路用地が本件土地に比して面積が不足する分については補償をする必要があった。そこで、下水道処理場建設予算から支出するために、本件交換をした上買収する措置がより便宜であったのである。
2 本件交換の際には議会の議決を得ていないが、その後、本件土地を温泉町が購入することについては議会の議決を得ており、本件交換を前提として、結果的には二四〇平方メートルの土地を二八六平方メートルとして買収して、四六平方メートル分の買収代金一三八万円は、井上今岡金屋圃場整備組合が取得することになることも、議会の承認を受けている。したがって、本件交換については、議会の追認が得られたというべきであり、その手続に違法性はない。
第三 当裁判所の判断
一 前記争いのない事実に証拠(甲三ないし一一、一二の4、一五、乙三二の1ないし3、証人坂本明、同河越徹、同堂坂四郎)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
1(一) 温泉町は、特定環境保全公共下水道事業として下水道処理場の建設を計画し、本件土地(公衆用道路)を含む地域にその用地を取得することとした。しかし、処理場建設予定地内に二〇一二平方メートルの田を所有する寺谷梅治(以下「寺谷」という。)が買収に応じず代替地を希望したので、予定地外に温泉町井上字郡治四八九番一田八四二平方メートルを所有する河越及び同四八九番二田一四一〇平方メートルを所有する竹島一成(以下「竹島」という。)が自己所有地を代替地に充てるために寺谷所有地との交換に応じてもよいと申し出たが、右のとおり河越及び竹島の所有地の合計面積二二五二平方メートルは寺谷所有地より二四〇平方メートル多かった。
(二) そこで、温泉町は、下水道処理場建設用地になる本件土地が土地改良事業に基づき地権者の所有地の減歩によって創設された公衆用道路であったことから、これを公衆用道路でなくする以上は地元に還元する必要があると考え、地元からの道路の付替えの要望に従い、河越所有の四八九番一の土地のうち右超過分の二四〇平方メートルを付替え道路の用地とし、さらに付替え道路の面積が本件土地(二八六平方メートル)より四六平方メートル小さいことに対して補償することを考えたが、補償金の出所がなく、また、本件土地を町有のまま下水道処理場用地として利用して別途新たに公衆用道路用地として右二四〇平方メートル分を買収したのでは、右買収につき国の補助金が得られないので、同補助金が得られるように、右買収費を下水道事業の予算から支出するために、本件土地を河越所有の四八九番一の土地から分筆すべき二四〇平方メートル(分筆後の四八九番三の土地)と交換して河越の所有地とした上で、その河越の所有地となった本件土地(二八六平方メートル)を改めて同人から買収することとした。
2 温泉町は、本件土地と河越所有地二四〇平方メートルとの交換(本件交換)について、本件土地が右のとおり地権者の所有地の減歩によって創設された公衆用道路であったことから、議会事務局とも相談のうえ、実質的な権利者は土地改良事業に参加した地権者であるとして、議会の議決を要しないとの見解に立ってこれを経ないで処理することとし、平成七年一一月二〇日付けの「下水道処理場用地確保に関する覚書」と題する書面に寺谷、河越、竹島及び「兵庫県温泉町 実質権利者 井上今岡金屋圃場整備組合運営委員長 堂坂四郎」が記名押印することにより、本件土地と河越所有の四八九番一の土地のうち二四〇平方メートル(分筆後の四八九番三の土地)を交換する旨の合意を含む前記一連の交換をする旨の合意がなされた。同覚書において右のように温泉町ではなく「兵庫県温泉町 実質権利者 井上今岡金屋圃場整備組合運営委員長 堂坂四郎」が記名押印したのは、前記のとおり本件交換については議会の議決を要しないとの見解に立つとしても、温泉町が交換の合意の当事者として覚書に記名押印をすれば、議会の議決を要する案件であるかのような様相を呈するので、これを避けるためであった。なお、同覚書は、温泉町の職員が起案し、個別に各人から押印を徴することにより作成された。
3 温泉町長(被告)は、平成八年六月一七日、温泉町議会に対し、平成八年六月議会議案第四四号として、特定環境保全公共下水道の処理場用地に供するため、兵庫県町土地開発公社との間で本件土地を含む七筆の土地合計六八八九平方メートルを二億〇六六七万円で取得する契約を締結するについて、議会の議決に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例三条の規定により議会の議決を求めるとの議案を提出し、議決を得た。
4 本件土地は、本件交換により平成七年一二月二一日付けで河越名義に所有権移転登記がされ、改めて同人から右開発公社を通じて温泉町に買収された。本件土地の買収代金八五八万円(平方メートル単価三万円)を含む買収代金が平成九年二月一八日までに河越名義の銀行口座に振り込まれて支払われたが、温泉町は、本件交換に供した河越所有地(四八九番三の土地二四〇平方メートル)の面積が本件土地の面積より小さい四六平方メートル分である一三八万円は地元に補償金として交付すべきであるとして、町職員が河越から委任状を徴して、平成九年三月四日、同人名義の銀行口座から右一三八万円を引き出し、同額を地域営農事業特別会計、井上区長普通預金口座に振り込んだ。
二1 右一の事実によれば、本件土地は町有財産であるから、仮に本件土地が普通財産であるとしても、温泉町に公有財産の交換に関する条例が存すると認めるに足りる証拠がない以上、本件土地を交換に供するについては、地方自治法九六条一項六号及び二三七条二項により議会の議決を要するところ(議会の議決を要することについては被告も争わないところである。)、本件交換は、議会の議決を経ずになされているから、右条項に違反し無効であるというほかない。したがって、本件交換によって本件土地の所有権が温泉町から河越に移転することはなく、河越からの買収時においても本件土地の所有権は温泉町にあったというべきであり、本件土地の所有権が温泉町にあった以上、温泉町が本件土地を買収する必要はないから、本件土地の買収費八五八万円の支出は、必要がないのになされたものであって、違法であることが明らかである。
2 被告は、本件土地を買収するについて議会の議決を得たことをもって、本件交換について議会の追認が得られたというべきである旨主張する。
(一) しかしながら、本件土地を買収するについて議会の議決を得た前記一3認定の平成八年六月議会議案第四四号の内容は、同認定の内容にとどまる上、本件土地の登記簿上の地目は「公衆用道路」である(甲三)にもかかわらず、右議案の審議資料においては、本件土地の地目は「田」と記載されており(甲一五)、右議案では、交換により個人所有名義とされた町有地の買収事案であることに気付き難いと解される。
(二) 甲第一四号証(平成八年六月議会議事録抜粋)によれば、平成八年六月一七日から二五日にかけて開催された温泉町議会において、議案第四四号につき、処理場用地の中に農道があるが、その農道の確保についてはどのようにしたのかとの議員の質問に対し、温泉町の水道課長は、公簿上の名義は温泉町だが、実質の所有権は圃場整備組合にあり、右組合との話合いの中で円満解決をしたい旨答弁していることが認められる。
しかし、議案第四四号提出の時点では、すでに本件交換がなされ、登記手続も済んでいたにもかかわらず、議案第四四号自体においてはもちろん、右答弁においても、本件交換については何ら触れられておらず、他に本件交換について議会の審議にかけられたことを認めるに足りる証拠はない。
(三) そうすると、仮に、ある議案の議決によって右議案の前提事項について追認の議決を得たということができる場合があるとしても、本件においては、議会が町当局を深く追及していればあるいは本件交換の存在につき言及する答弁を引き出せた可能性はあったものの、現実に本件交換につき審議がされたとは認められない以上、本件土地の買収について議会の議決を得たことをもって本件交換について追認が得られたとみることはできない。よって、被告の主張は採用することができない。
三 以上のとおり、本件土地の買収費八五八万円の支出は違法であるから、その余の点を検討するまでもなく、被告は、当時温泉町の町長の職にあった者として、右支出により温泉町の被った同額の損害を同町に対し賠償する責めを負うものといわなければならない(本件交換が無効である以上、温泉町も河越所有の四八九番三の土地の所有権を取得し得ないから、右八五八万円全額をもって温泉町の被った損害といわざるを得ない。)。
四 結論
よって、原告の請求を認容することとし、主文のとおり判決する(なお、仮執行の宣言は、事案にかんがみ相当でないから、これを付さないこととする。)。
(裁判長裁判官水野武 裁判官田口直樹 裁判官大竹貴)